エリック・ボンパールがGPSフランス大会のスポンサーをおりた経緯

グランプリシリーズのフランス大会の名称がエリック・ボンパール杯から「フランス杯」に変更になりました。やはりエリック・ボンパールが大会のスポンサーから降りたということです。

GPSフランス大会の名称から「エリック・ボンパール」が消えた・・・

エリック・ボンパール氏のインタビュー記事がIcenetworkに載りました。

やはりスポンサーを降りたんですね。2年前にパリのアリーナが改築のためにボルドーに会場が移ったけれどうまく集客できず、去年もパリの会場が再開されたにもかかわらずボルドーで開催されたものの、テロの為に途中中止に。投資資金は回収されず、2016年以降についてフランススケート連盟に問い合わせるもなしのつぶて。でスポンサーを降りることを決意したということです。

スポンサーになった2004年には15店舗だったのが現在は58店舗まで増えたということで、スポンサーになったことの意味は大きかったようです。

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GPSフランス大会では、フラワーガールとフラワーボーイの衣装がいつもとてもおしゃれで、さすがフランス!という感じだったのですが、今年からはそれもないんですね。

何事にも終わりがあるから、スポンサーをやめたことについては悔いはないけれど、もっと良い終わり方ができたはずだと。

最悪の思い出はやはり去年のテロ、良い思い出はそれはたくさんあるとのことです。

エリック・ボンパールがスポンサーでなくなったGPSフランス大会は、これから新しいスポンサーを探すのかわかりませんが、ちょっと心配ですね。何しろ人が入っていないですもん。特に初日のショートはガラガラで、近所の小学生たちを招待して席を埋めていました(もっともフィギュアスケートで抽選になるくらい集客できるのは、日本だけです)。ただエリック・ボンパール氏も言っているように、宣伝効果というのはバカにできないでしょう。

Bompard: ‘We achieved what we wanted to achieve’

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